慌てて額髮(ひたひがみ)を探りながら 妙に心細くなって 泣きべそでも掻いてしまふ
堪へても涙が流れ出し 始終のことに抑へも切れず 悔やむこと頻りなのは 出家の身でありながらと 佛も却って見苦しく御覽になるでせう
憂き世の塵に塗れてゐた頃より むしろ生浮かびの状態では 却って悪しき道に漂ってしまふやうに思はれる
たとへ前世からの因縁が深く 尼にならぬ内に見つけ出し 取り留めてやったとしても そのまま合ひ添ふうちに やはり恨みが蘇って來るやうなこともあるかしらん
良くも惡しくも ふたり合ひ添って 何はあれ ともかくも大目に見るやうな間柄こそ 契りも深く 情も深いといふべきでせうに
それなのに家出などされた後は 男も女も氣が氣でなく 安心して暮らすことなどできる筈がない
また 男の氣がそぞろになったとき それを恨んで 顔にも出してそっぽを向くといふのも 馬鹿らしいことです
心が移ったとは云っても 見そめた頃の氣持ちが大切なら 男もさういふ縁があったと思ひ 女の家に通ってゐるだらうに そんな風にたぢろがれでもすれば 縁が切れてしまふ
すべて よろずのこと穩やかに 恨みたくなることでも 氣づいてゐるままに仄めかし 文句の出さうな亊でも さりげなくいなせば そんなことでも却って男の愛着は増して來るもの たいていの場合 男の浮氣心は女の対處次第で収まりもする
しかしあまりあっさりと心廣く放任しておくのも 安直でかはいらしいやうには見えるが おのづから御しやすい女だと思はれる
舟を繋がないで置いて浮いてしまったといふやうなこともあり 本當に考へが淺いやうに思へる さうではありませんか
と左馬頭が云ひ 頭中將(~o~)うなづく
*白氏文集の偶吟の詩、「情なき水は方圓の器に任せ、繋がざる船は去住の風に隨ふ」
*源氏物語の文節は 遠く離れたところから飛んでかかって行く場合も多く その表現の深さ 綾を讀み取るには 細心の注意をしても足らない
また 單語の意味合ひも 鎌倉時代以降とも違ひ また平安初期以前とも違ふことが多い
専門家の書いた譯文や辞書の説明も食ひ違ってゐることが多い やはり源氏物語を本當に讀み通すことは非常に難しい
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みづから額髮をかきさぐりて あへなく心細ければ うちひそみぬかし
忍ぶれど 涙こぼれぬれば 折々ごとに え念じえず 悔しきこと多かめるに 佛もなかなか心ぎたなしと 見たまひつべし
濁りに染めるほどよりも なま浮かびにては かへりて悪しき道にも 漂ひぬべくぞおぼゆる
絶えぬ宿世淺からで 尼にもなさで 尋ね取りたらむも やがて あひそひて その思ひいで 恨めしきふし あらざらむや
あしくもよくも あひ添ひて とあらむ折も かからむきざみをも 見過ぐしたらむ仲こそ 契り深くあはれならめ 我も人も うしろめたく心おかれじやは
また なのめに移ろふ方あらむ人を恨みて 氣色ばみ背かむ はたをこがましかりなむ 心は移ろふ方ありとも 見そめし心ざし いとほしく思はば さる方のよすがに思ひてもありぬべきに さやうならむたぢろきに 絶えぬべきわざなり
すべて よろずのことなだらかに 怨ずべきことをば 見知れるさまにほのめかし 恨むべからむふしをも 憎からずかすめなさば それにつけて あはれもまさりぬべし
多くは わが心も 見る人から をさまりもすべし あまりむげにうちゆるべ見放ちたるも 心安くらうたきやうなれど おのづから輕き方にぞおぼえはべるかし
繋がぬ舟の浮きたる例も げにあやなし さははべらぬか
と言へば 中將うなづく

