2008年12月25日

第四卷 夕顏 十七(いとあはれなるおのがじしの營みに)

   第四卷 夕顏 十七(いとあはれなるおのがじしの營みに)

 みな 己が生業(なりはひ)のために起き出し そはそはと騷いでゐる

 それがもろに聞えるのが 女にはちょっと氣が退ける これが風流に氣取った人間なら 悄氣てしまふやうな住宅事情のやうではある

 されど 〔君から見ると〕 のどかに 辛いことも 憂きことも みっともないことも 氣にする風でもなく 氣の持ち樣 振る舞ひが おっとりと 幼くて

 ひどく騷々しい無遠慮な隣家も さほどのこととも思はぬ氣配 なまじ恥ぢ入って赤面されるよりは 心寛いやうに思へる

 ごろごろと鳴る雷樣よりも おどろおどろしく 踏み轟(とどろ)かす唐臼〔米を搗くためのもの〕の音(おと)も まるで枕元に響くやう

 これには君も さすがに あぁ喧しい と思はれるが 何の音か お分かりにならず 何だか妙な いやな音だなと思はれる さういふ うんざりなことばっかり

 白妙の衣を打つ砧(きぬた〔衣板〕 衣を打ち均し 光澤を出す器具)の音も 微かだが あちこちと鳴り響き 空を飛ぶ雁の聲も混じって大合唱 君には何とも凄まじい騷音だ

 御座所(おまし)も縁に近い端っこにあるから 遣戸を引き開け 二人して外をご覧になる 

 猫の額みたいな庭に 洒落た支那の竹(淡竹=はちく)があり 前栽(せんざい 植ゑ込み)の露は かういふ庭でも やはり同じやうに燦めいてゐる 

 壁の内で鳴くキリギリスさへ間遠に聽き慣れてゐるのが ここでは 蟲の聲々が あたかも耳を差し當てて聽くやうに 鳴き亂れてゐる

 これもまた一興かなと思はれるのも 女可愛いさの一心から 痘痕も笑窪 といふことであらうかしら

*二條邸のやうな大きな寝殿造りの家では、奧内で鳴くキリギリスの聲も遠くに聽こえる。

 しかし、この夕顏の宿のやうに隙間だらけのあばら屋では、外で鳴く蟲の聲々さへ、耳ので鳴ってゐるやうに聽こえる。それが君には新鮮に思はれるのだらう。

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 いとあはれなる おのがじしの營みに起き出でて そそめき騒ぐもほどなきを 女いと恥づかしく思ひたり 艶だち氣色ばまむ人は 消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし

 されど のどかに つらきも憂きも かたはらいたきことも 思ひ入れたるさまならで 我がもてなしありさまは いとあてはかに こめかしくて
 またなく らうがはしき隣の用意(ようい)なさを いかなる事とも聞き知りたるさまならねば なかなか 恥ぢかかやかむよりは 罪許されてぞ見えける

 ごほごほと鳴る神よりも おどろおどろしく 踏み轟(とどろ)かす唐臼の音(おと)も 枕上(まくらがみ)とおぼゆる

 あな 耳かしかましと これにぞ思さるる 何の響きとも聞き入れたまはず いとあやしう めざましき音なひとのみ聞きたまふ くだくだしきことのみ多かり

 白妙(しろたへ)の衣(ころも)うつ砧(きぬた)の音も かすかに こなたかなた 聞きわたされ 空飛ぶ雁の聲 取り集めて 忍びがたきこと多かり

 端(はし)近き御座所(おまし)なりければ 遣戸を引き開けて もろともに 見出だしたまふ

 ほどなき庭に 洒落(され)たる呉竹 前栽(せんざい)の露は なほかかる所も 同じごときらめきたり

 蟲の聲々 亂りがはしく 壁のなかの蟋蟀(きりぎりす)だに 間遠に聞き慣らひたまへる御耳に さし當てたるやうに 鳴き亂るるを

 なかなかさまかへて思さるるも 御心ざし一つの 淺からぬに よろづの罪許さるるなめりかし
posted by ゆふづつ at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする