君も たびたび鼻うちかみて
後れ先立つほどの定めなさは 世のさがと見たまへ知りながら さしあたりておぼえはべる心惑ひは 類ひあるまじきわざとなむ 院にも ありさま奏しはべらむに 推し量らせたまひてむ
と聞こえたまふ さらば 時雨も隙なくはべるめるを 暮れぬほどに と そそのかしきこえたまふ
うち見まはしたまふに 御几帳(みきちゃう)の後(うしろ) 障子(しゃうじ)のあなたなどの あき通りたるなどに 女房三十人(さむじふにむ)ばかりおしこりて
濃き 薄き鈍色どもを着つつ 皆いみじう心細げにて うちしほたれつつ ゐ集りたるを いとあはれ と見たまふ
思し捨つまじき人 もとまりたまへれば さりとも もののついでには 立ち寄らせたまはじやなど 慰めはべるを
ひとへに思ひやりなき女房などは 今日を限りに 思し捨てつる故里(ふるさと)と思ひ屈(くむ)じて 長く別れぬる悲しびよりも ただ時々馴れ仕うまつる年月の 名殘なかるべきを嘆きはべるめるなむ ことわりなる
うちとけおはしますことは はべらざりつれど さりともつひにはと あいな頼めしはべりつるを げにこそ 心細き夕べにはべれ
とても 泣きたまひぬ
いと淺はかなる人びとの 嘆きにもはべるなるかな まことに いかなりともと のどかに思ひたまへつるほどは おのづから御目離るる折もはべりつらむを
なかなか今は 何を頼みにてかは おこたりはべらむ 今御覧じてむ
とて出でたまふを 大臣見送りきこえたまひて 入りたまへるに
御しつらひよりはじめ ありしに變はることもなけれど 空蝉のむなしき心地ぞしたまふ
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君も たびたび鼻をかまれ
〔新古今にも「末の露 もとの雫や 世の中の 後れ先立つ ためしなるらむ」とありますやうに 人の命は 葉の 先の露 元の露 のやうに どちらが先に消えるやら落ちるやら〕
先立ったり殘されたりは人の常と 分かってゐるつもりでございましたが かうして目の前で見るときの心惑ひは また一入(ひとしほ)のものでございます
院にも そのままお傳へ申し上げますから 推し量り戴けるでせう
と申し上げる 左大臣は それでは 時雨も止みさうにありませぬ 暮れぬ内にお急ぎにて とお勧めになる
君が邊りを御覽になると 御几帳(屏風のやうなもの)の後ろや 障子(襖)の開いてゐる所などに 亡き姫に侍る女房三十人ほど 壓し塊って 濃いのや薄い鈍色の喪色を着つつ 皆いみじう心細げにて 萎垂れつつ 集まってゐるのを あはれな とお思ひになった
左大臣は
お忘れの出來ぬ若宮(夕霧)も まだおいでのこと 今後もやはり もののついでにはお立ち寄り下さるものと 氣慰めには致してをりますが
何はともあれ 淺はかな女房など 今日を限りにお見限りと 當家を廃屋のやうに思ひまして もうがっくりとしてをります
女君を失った悲しみといふより 時々にても親しくお世話申し上げた年月が これですっかりと御破算になるのだと お嘆き申し上げてゐるやうでございまして いや これも仕方のないことかも知れませぬ
折角ここに來られましても 心から寛いで戴くこともございませんでしたが それでもいつかはと 當て所もない希望だけは抱いて參りましたが もうかうなりますと まことに心細い斜陽でございます
とて またお泣きになる 君は
何とそそっかしい心配をする人達なのですね 實際 そのうち何とかなるだらうと 氣長に構へてゐた頃は 御無沙汰勝ちになることも 正直あったでせうが
もうかうなってしまひますと いつかは などと暢気にしてゐる場合ではございません どうして放ってなどおけませう この氣持 必ずや御覧になって下さい
とて お出かけになる
大臣はお見送りして戻るが 君のお部屋の御調度から何から 娘の生きてゐた頃と變はりがない 違ふのは そこに娘夫婦がゐないことだけ これが目も眩むほど 悲しい 不思議な 信じられない現實であった
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「君も たびたび鼻うちかみて」
この「かみ」は漢字で手偏に鼻と書くが、この漢音「かう」が「かむ」と訛ったものだらうか。漢字は手で鼻を摘まみ、吹き出したものだらうが、もちろん源氏の君はそんなハシタナイことはなさらないだらう。紙で挾むやうにして拭ったものだらう。
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