御帳(みちゃう)の前に 御硯(おほむすずり)などうち散らして 手習ひ捨てたまへるを取りて 目をおししぼりつつ見たまふを
若き人々は 悲しきなかにも ほほ笑むあるべし あはれなる古言(ふるごと)ども 唐のも大和(やまと)のも 書きけがしつつ 草(さう)にも眞名(まな)にも さまざま めづらしきさまに 書き混ぜたまへり
かしこの御手(おほむて)や と 空を仰ぎて眺めたまふ よそ人に見たてまつりなさむが 惜しきなるべし
舊(ふる)き枕 故(ふる)き衾(ふすま) 誰と共にか とある所に
なき魂(たま)ぞ いとど悲しき 寢(ね)し床の あくがれがたき 心ならひに
また 霜の花白し とある所に
君なくて 塵つもりぬる 常夏の 露うち払ひ いく夜寢(い)ぬらむ
一日(ひとひ)の花なるべし 枯れて混じれり 宮に御覧ぜさせたまひて
いふかひなきことをば さるものにて かかる悲しき類ひ 世になくやはと 思ひなしつつ 契り長からで かく心を惑はすべくてこそはありけめと かへりてはつらく 前(さき)の世を思ひやりつつなむ 覺ましはべるを
ただ 日ごろに添へて 戀しさの堪へがたきと この大將の君の 今はと よそになりたまはむなむ 飽かず いみじく思ひたまへらるる
一日(ひとひ) 二日(ふつか)も 見えたまはず かれがれにおはせしをだに 飽かず胸いたく思ひはべりしを 朝夕の光失ひては いかでかながらふべからむ
と 御聲(おほむこゑ)も え忍びあへたまはず 泣いたまふに 御前なるおとなおとなしき人など いと悲しくて さとうち泣きたる そぞろ寒き夕べのけしきなり
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御帳臺(母屋の中に一段高く設へた寢室や居間)の前には 君が御硯など散らかした跡があり
左大臣は 君が手習ひなさり お捨てになった反故を拾ひ上げ むむ これは何ぢゃと 涙を拭き絞りつつ御覽になる
その仕草に 若女房の中には 悲しき内にも ついをかしくて笑ってしまふのもゐるやうである
あはれなる古言 唐のも大和のも 書き散らしつつ 草書にも楷書にも 色々と實に面白く書き混ぜていらっしゃる
それにしても見事な筆跡かなと 空を仰いで嘆息を吐かれる 姫亡き今となっては 他家の人と見なければならぬのが 殘念なのであらう
舊き枕 故き衾 誰と共にか〔鴛鴦(をしどり)の瓦は冷たくして霜華重し舊き枕故き衾誰とともにせん(白樂天、長恨歌、玄宗皇帝が亡き楊貴妃を偲ぶ歌)〕
と書かれてあり そこへ
なき魂ぞ いとど悲しき 寢し牀の あくがれがたき 心ならひに
〔目の前から消えてしまった あの人は どんなにか悲しいであらう 二人で添ひ寢した この床は 離れ難い氣持になってゐたのだから〕
また 霜の花白し とあり そこには
君なくて 塵つもりぬる 常夏の 露うち払ひ いく夜寢ぬらむ
〔君のゐない この床に 塵が積もってしまった この床の涙を拂ひ拂ひしながら 幾夜寢たことか 「塵をだに すゑじとぞ思ふ 咲きしより 妹とわが寢る とこなつの花」(古今、凡河内躬恆)〕
とある 先日大宮に送った常夏の花(撫子)であらうか 枯れたのが反故の間に混じってゐる
反故を大宮にも御覧に入れ
もう起きてしまったことは 仕方が無いことだ かういふ悲しいことも 生きてゐる間は 經驗せずには濟まぬもの さうも思ひ
計り知れぬ定めにより 娘との縁が短く かう心を惑はすやうになってゐたのだ なまじひ縁が無かった方がよかったとさへ思ふて 悲しみを振り拂はうとしたが
ただ日が經つにつれれ 娘への戀しさ懐かしさが昂じて來る
また我が大將の君が もう今は他所へお移りになる これがどうにも我慢ならない
今日は來られず 次の日もまたと 間を置いていらっしゃるのさへ 無性に胸の傷む思ひで來ましたものを 毎日がお先眞暗だといふことになれば もう生きて行くことも出來ない
と たうとう御聲を震はして泣き出された 御前に侍る年功の女房など 悲しくなって ついお附き合ひの涙を零したり そぞろに寒い夕べの有り樣
本居宣長全集〈第4巻〉

