2009年07月03日

第九卷 葵 四十(人まにからうして)

   第九卷 葵 四十(人まにからうして)

 人まに からうして頭もたげたまへるに 引き結びたる文 御枕(おほむまくら)のもとにあり 何心もなく ひき開けて見たまへば

 あやなくも 隔てけるかな 夜をかさね さすがに馴れし 夜の衣を

 と 書きすさびたまへるやうなり かかる御心おはすらむ とは かけても思し寄らざりしかば

 などて かう心憂かりける御心を うらなく頼もしきものに思ひきこえけむ と あさましう思さる

 晝つかた 渡りたまひて

 惱ましげにしたまふらむは いかなる御心地ぞ 今日は も打たで さうざうしや

 とて 覗きたまへば いよいよ御衣ひきかづきて臥したまへり 人びとは退(しりぞ)きつつさぶらへば 寄りたまひて

 など かくいぶせき御もてなしぞ 思ひのほかに心憂くこそおはしけれな 人もいかにあやしと思ふらむ

 とて 御衾(おほむふすま)をひきやりたまへれば 汗におしひたして 額髮もいたう濡れたまへり

 あな うたて これはいとゆゆしきわざぞよ

 とて よろづにこしらへきこえたまへど まことに いとつらしと思ひたまひて つゆの御いらへもしたまはず

 よしよし さらに見えたてまつらじ いと恥づかし

 など怨じたまひて 御硯開けて見たまへど 物もなければ 若(わか)の御ありさまや と らうたく見たてまつりたまひて

 日一日 入りゐて 慰めきこえたまへど 解けがたき御けしき いとどらうたげなり

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 人がゐなくなり やうやく顏をお上げになると 枕元に 引き結びの文が置いてある 〔初夜の翌朝の習慣〕

 何だらうと 引き開けて御覽になると

 あやなくも 隔てけるかな 夜をかさね さすがに馴れし 夜の衣を

〔かうして契りを結んでみると 今まで 幾夜も幾夜も 共寢しながら 隔ての壁を設けて來たのが をかしく思へます〕

 と 思ふまま 書き流されたやうである 君が こんな風にお考へでいらっしゃるとは 思ひもかけないことであったから

 どうして こんないやらしい御氣持の方を 平氣で良い方のやうに思ってゐたのだらうと あさましさが募って來られる

 晝近く 君が來られ

 お加減でも惡さうですが どうされましたか 今日は碁も打たないから 寂しいね

 とて 覗かれるので いよいよ御衣を引っ被って 臥してしまはれる

 女房どもは 後ろに下がって控へてゐる 君は姫に寄って行かれ

 どうして さう塞ぎ込んでいらっしゃる そんなに嫌味な御人だったのですか 人が見たら變に思ふでせう

 とて 上掛けを剥いで御覽になると 汗をぐっしょりとかかれ 額髮がひどく濡れていらっしゃる

 あぁ 何といふことだ これはひどいことになってゐるではないか

 とて いろいろ 宥め賺されるが 姫は〔昨夜の荒行事を思ひ起こし〕 ますます厭になって 御返事もなさらない

 それならばよし もう逢ふのもこれきりに致さう 全くショックです

〔穴に入り 穴に入りたし あな憂しや〕

 など ぶつぶつと仰り

 硯箱を開けて御覽になるが 御返歌もない 本當に何も知らなかったのだなと と思ふと かはいさうなことをした と 實にいぢらしくなって

 丸一日 つきっきりにお慰め申し上げるが なかなか御機嫌が直らない それがまた可愛いくて堪らない

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 紫の上は 君に對する思ひが深すぎるゆゑ かういふいやらしい所業をする氣持が圖りかね 許し難いと思ふ 君の歌を讀みながら なほ御返歌も出て來ない 君にもそれが分るゆゑ いよいよ愛が募るのである この やや喜劇的な「出逢ひ」の内に 二人は本當に深く結ばれて行く


共感する女脳、システム化する男脳
posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする