2009年07月06日

第九卷 葵 四十三(かくて後は内裏にも院にも)

   第九卷 葵 四十三(かくて後は内裏にも院にも)

 かくて後は 内裏にも院にも あからさまに參りたまへるほどだに 靜心なく 面影(おもかげ)に戀しければ あやしの心や と 我ながら思さる

 通ひたまひし所どころよりは うらめしげにおどろかしきこえたまひなどすれば いとほしと思すもあれど

 新手枕(にひたまくら)の心苦しくて 夜をや隔てむ と 思しわづらはるれば いともの憂くて 惱ましげにのみもてなしたまひて

 世の中の いと憂くおぼゆるほど 過ぐしてなむ 人にも見えたてまつるべき

 とのみいらへたまひつつ 過ぐしたまふ

 今后(いまぎさき)は 御匣殿(みくしげどの) なほこの大將にのみ 心つけたまへるを

 げにはた かくやむごとなかりつる方も 失せたまひぬめるを さてもあらむに などか口惜しからむ

 など 大臣のたまふに いと憎し と 思ひきこえたまひて

 宮仕へも をさをさしくだに しなしたまへらば などか惡しからむ

 と 參らせたてまつらむことを思しはげむ

 君も おしなべてのさまには おぼえざりしを 口惜しとは思せど ただ今は ことざまに分くる御心もなくて

 何かは かばかり短かめる世に かくて思ひ定まりなむ 人の怨みも負ふまじかりけり

 と いとど危ふく思し懲りにたり

**********

 君も かうなると 少し内裏や院に參る間も落ち着かず 姫の面影が戀しくちらついて來る 我ながらをかしなものだと思はれる

 お通ひの方々からは うらめしげな催促が來るので 氣の毒には思はれるものの 新手枕のお相手が愛しくて堪らず

 夜をや隔てむ

 〔萬葉集に「若草の 新手枕を まきそめて 夜をや隔てん 憎くあらなくに」とあるやうに、一夜も逢はずに居られない〕

 とばかり思ふに惱ましく とても他所の女どころの騷ぎではない もう面倒だから ノイローゼにでも罹ってゐることにし

 もう見る物 聞くもの 全てが鬱陶しくてなりません かういふ状態から拔けましてのち 人樣のお目にかかりませう

 とだけ御返事を書き やり過ごしてしまはれる

 弘徽殿の皇太后は 御匣殿(帝の装束を調進する役所、またその別當〔女官〕を指すが、ここでは朧月夜を指す)が まだこの大將の君にのみ心を向けていらっしゃるのが癪で

 右大臣が しかしあの北の方も亡くなられたやうであるから 朧月夜が望みを遂げ 君と結ばれたとしても 別にどうといふこともあるまいに など仰るが

 それでも君を憎らしく思はれ 朧月夜が後宮にでもお仕へ出來れば文句はないのだがと なほ入内させる意向を固めてゐる

 君も この朧月夜が竝の姫君にはおはさず 勿體ないとは思はれるが ただ今は 餘事に感ける余裕もなく

 仕方も無いな かばかりの短い人生 これでよしとすべきか 人の怨みを買ふのも懲り懲りだし

 と もう危ないのは いい加減に大懲りしていらした


*LINK *音読*(Reading aloud) 文迷(ふみまよう) 源氏物語 婆の部屋
posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする