2009年07月08日

第九卷 葵 四十五(朔日の日は例の院に參りたまひてぞ)

   第九卷 葵 四十五(朔日の日は例の院に參りたまひてぞ)

 朔日(ついたち)の日は 例の 院に參りたまひてぞ 内裏 春宮などにも參りたまふ

 それより大殿にまかでたまへり 大臣 新しき年ともいはず 昔の御ことども聞こえ出でたまひて さうざうしく悲しと思すに いとどかくさへ渡りたまへるにつけて 念じ返したまへど 堪へがたう思したり

 御年の加はるけにや ものものしきけさへ添ひたまひて ありしより けに きよらに見えたまふ

 立ち出でて 御方に入りたまへれば 人びともめづらしう見たてまつりて 忍びあへず

 若君 見たてまつりたまへば こよなうおよすけて 笑ひがちにおはするも あはれなり

 まみ 口つき ただ春宮の御同じさまなれば 人もこそ見たてまつり とがむれ と見たまふ

 御しつらひなども變はらず 御衣掛(みぞかけ)の御装束(OHOM SHAUZOKU)など 例のやうに し掛けられたるに 女のが竝ばぬこそ 榮なくさうざうしけれ

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 元日は 恆例により 院に參られてから 内裏 春宮などにも參りたまふ 

 それから左大臣邸に下がられる 大臣は新年にも關らず 却りて昔のお話ばかりなされ 姫の無き正月を悲しく思していらっしゃる

 そこへ君がお渡りになり 堪へに堪へていらしたのがはち切れ つひに堪へ切れぬやうになられた

 君は 新年にて お歳も一つ加はったせいか 貫祿もおつきになり 以前にもまして秀麗になられた

 嘗ての葵君のお部屋 今は若君である夕霧の部屋へ立ち寄られると 女房たちも歓び 涙を抑へることが出來ない

 若君を御覽になると 隨分と成長なされ よく笑まれるのも 實に可愛いらしい 目元 口の邊り 全く春宮とっそっくりであるから 人が見れば妙だと思ひはしないか と心配になられる

 お部屋の設へも變はらず 衣桁に掛けられた御装束など 普段のやうに掛けらてゐるが 女の裝束だけ無いのが もの足らず 寂しげに見えた

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 古代においては、おそらく人の年齡を數へることが無かったのであらう。數(かず)といふのは、その言葉通り、一つに見えるものを「ひとつ」、それとは別のものを「ふたつ」、さらに違ふものを「みつ」と唱へて言ふ言葉だったからである。「つ」は「つぶつぶ」の「つ」と同じ、一塊に見える物を指す。

 人間の生きてゐる時間を、地球が太陽を周遊する囘數に刻み、年齡を唱へる習慣といふものは、支那から暦が入ってから為したものなのであらう。それが證憑に、同じ朝廷が編纂した歴史書である記紀において、古いアメノシタシロシメシキスメラミコトの年齡が一致してゐない。

 記紀ともに編纂者は支那の正史や漢文明を知悉する、當時の一級知識人であるから、傳承における年齡の矛盾は惱みの種であったに違ひないが、ともかくもこれを「編集」により整合すれば「かがみ」としての意味は無くなる譯であり、しかしそのまま援用すれば「正史」としての體裁は臺無しになる。

 これを、古事記の場合は敢へてそのまま記すことで、日本書紀の場合は注釋を用ゐることで乘り切らうとしたのであらう。傳承における沒年や年齡は、おそらく紀元後、漢文明が入ったあとに作られたもので、本來、大和民族には沒年を記録したり、年齡を唱へる習慣はなかったものと思はれる。

 例へば、今日から七日間の日にちを數へる場合も、ひとか、ふつか、みか、と數へて行く。この場合の「みか」といふのは、初めからの三日間をまとめて言ふ言葉であり、三日目のみを指してゐるのではない。かやうに時間をぶつ切らず、重奏的・重層的に扱ふのが古い感性であった。

 しかし支那の暦法が入ったとき、とくに「三日目」だけを指す言葉として、「みかのひ」と言ふやうになった。これは、初めから數へて「みか」となるべき日といふやうな意味である。本來の「みか」の事は「みかのあひだ」などと言ふ。

 暦といふ漢字も「こよみ」とは訓むが、暦と「こよみ」は似てゐるやうで對極的な概念であらう。暦は時間の流れを、太陽周期や日周期、月周で無理に割り切ったもので、本來は關係のない年と月、月と日を整合させるため、閏を設けるなど、大變複雜な工夫を必要とする。ただ、暦の結果は、毎年元日、全ての人々の年齡が一氣に一つ増えるといふ、極めて「便利」なものである。

 これに對し、そもそも全く別のものである日の動き、月の動き、日の動きを相互に關連させようなどといふ考へは我が國にはなかった。むろん、稲作が始まってから、暦に似た概念は必要になるが、これも年毎に、季節の往來の「來(き)」と「經(へ)」を「讀」み、相談の上定めたのであり、村落ごとに定めたものであらう。

 アメノシタシロシメスミコトといふ我が國獨特の地位も、おそらくその「きへよみ(こよみ)」なども司り、農事を束ねる長老として、やがては國家統合の柱にまで成長されたものであらう。



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする