宮の御消息にて
今日は いみじく思ひたまへ忍ぶるを かく渡らせたまへるになむ なかなか
など聞こえたまひて
昔にならひはべりにける御よそひも 月ごろは いとど涙に霧りふたがりて 色あひなく御覽ぜられはべらむと思ひたまふれど 今日ばかりは なほやつれさせたまへ
とて いみじくし盡くしたまへるものども また重ねてたてまつれたまへり
かならず今日たてまつるべき と思しける御下襲は 色も織りざまも 世の常ならず 心ことなるを かひなくやはとて 着替へたまふ
來ざらましかば 口惜しう思さましと 心苦し 御返りに
春や来ぬるとも まづ御覽ぜられになむ 參りはべりつれど 思ひたまへ出でらるること多くて え聞こえさせはべらず
あまた年 今日改めし 色衣 きては涙ぞ ふる心地する えこそ思ひたまへしづめね
と聞こえたまへり 御返り
新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり
おろかなるべきことにぞあらぬや
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故姫の母宮からの御挨拶にて
今日は元日でもあり たいそう堪へてをりましたが このやうに御來訪戴き 却って悲しさも増しまして
などと申し上げる
新年の例に習ひ 今年もお誂へしました御裝束 この頃はひどく涙に霧り塞がってをりまして 色合ひなど御氣に召さないとは存じますが
今日のところは なほ宥恕してお召し下さいますやう
とて 隨分と懇ろに調へた上に さらに誂へ重ねたものを奉った 是非にも本日にとお支度して差し上げた御下襲は 色も織りざまも 世の常ならず格別で
君も これを無にすることは出來ぬと お着替へになる 今日 萬が一にも こちらへ來ることがなかったら 折角の厚意を臺無しにするところであったと 君も有難く 胸潰れる思ひだ
その御禮に
新しい春も來ました とも思って戴かうと參りましたが やはり 次から次 思ひ出が溢れ出まして もう何も申し上げることが出來ません
あまた年 今日改めし 色衣 きては涙ぞ ふる心地する
〔けふのこの日に もう幾年 この色衣を改めて來(着)ましたことか しかし けふは昔に歸ったやうで 涙が降ります〕
この氣持を抑へること叶はず
と申し上げる 大宮の御返り
新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり
〔折角の新年を 降るのは 歳を經(ふ)った この老女の涙だけでございました〕
と そのお悲しみは 底もみえない (葵卷 了)

