むつましき御前(ごぜん) 十餘人ばかり 御随身(みずいじん) ことことしき姿ならで いたう忍びたまへれど
ことにひきつくろひたまへる御用意(あほむようい) いとめでたく見えたまへば 御供なる好き者ども 所がらさへ身にしみて思へり
御心(みこころ)にも などて 今まで立ちならさざりつらむ と 過ぎぬる方 悔しう思さる
ものはかなげなる小柴垣を大垣にて 板屋ども あたりあたり いとかりそめなり
黒木の鳥居ども さすがに神々しう見わたされて わづらはしきけしきなるに 神司(かむづかさ)の者ども ここかしこにうちしはぶきて おのがどち 物うち言ひたるけはひなども 他にはさま變はりて見ゆ
火燒屋(ひたきや) かすかに光りて 人氣すくなく しめじめとして ここに もの思はしき人の 月日を隔てたまへらむほどを思しやるに いといみじうあはれに心苦し
北の對のさるべき所に立ち隱れたまひて 御消息聞こえたまふに 遊びはみなやめて 心にくきけはひ あまた聞こゆ
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親しい前驅の伴が十餘人ばかり 御随身(警護。君は大將であるから八人が附く決まり)も 目立たぬ姿で いたう忍び姿におはすが
やはり特別に調へた御着物御支度が御立派 御供の好き者など 場所が場所だけに興奮も一入であった
君も こんな所なら もっと足繁く通って來たのにと 心中 悔しく思はれる
もの儚げな小柴垣に圍まれ 板葺きの家など そこここに 假普請のやうに竝んでゐる
(皮つきの)黒木の鳥居など やはり神々しく見わたされ 女に逢ひに行くのは氣が引けるやうな嚴めしさ
神官達 ここかしこに咳拂ひなどしつつ 何か話し合ってゐる樣子など かういふ場所は やはり浮世離れしてゐる (篝火を炊く)火焼屋など ほんのりと光り 人氣すくなく 森としてゐる
一方で あの物思はしげな御息所が このやうな場所で 長月日 世間から遠ざかっていらしたのかと思ふと あんまり可哀さうなことであったとも 思ふ
君は北の對の然るべき場所に立ち隱れ 來訪の旨を申し上げると
管絃の音がみな止り 女房どものさはさはとした氣配 奥ゆかしく聞えて來る
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この野の宮の描寫により、およそ神域といふものが、太古さながら、凄まじいまでの嚴しさの中に營まれてゐたことが分る。そこでは、女と別れを惜しみに來た君はもちろん、第三者である從者たちにさへ、身の引き締まるほど、ぞくぞくする場所だった。
この神域に對する畏敬恐怖の念は、平安末期以降徐々に廢れて行き、まして戰後は忘却されたと言っても過言ではあるまい。今やほとんど伊勢神宮など一部の神社や、皇居の中にしか殘ってはゐまい。

