第十三卷 明石 三(かくしつつ世は盡きぬべきにやと思さるるに)
かくしつつ 世は盡きぬべきにや と思さるるに そのまたの日の曉(あかつき)より 風いみじう吹き 潮高う滿ちて 波の音荒きこと 巖(いはほ)も山も殘るまじきけしきなり
雷(かみ)の鳴りひらめくさま さらに言はむ方なくて 落ちかかりぬ とおぼゆるに ある限りさかしき人なし
我はいかなる罪を犯して かく悲しき目を見るらむ 父母にもあひ見ず かなしき妻子(めこ)の顏をも見で 死ぬべきこと
と嘆く 君は御心を靜めて 何ばかりのあやまちにてか この渚に命をば極(きは)めむ と 強う思しなせど
いともの騷がしければ 色々の幣帛(みてぐら)ささげさせたまひて
住吉の神 近き境(さかひ)を鎭め守りたまふ まことに迹を垂れたまふ神ならば 助けたまへ
と 多くの大願(だいぐゎん)を立てたまふ
おのおの みづからの命をば さるものにて かかる御身(おほむみ)の またなき例に沈みたまひぬべきことの いみじう悲しきに
心を起こして すこしものおぼゆる限りは 身に代へて この御身一つを救ひたてまつらむ と とよみて 諸聲に 佛 神を 念じたてまつる
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かくしつつ 世は盡き(終り)ぬべきにや と思さるるに そのまたの日(翌日)の曉より 風いみじう吹き 潮高う滿ちて 波の音荒きこと 巖も山も殘るまじき(押し流される)けしきなり
雷の鳴りひらめくさま さらに言はむ方なくて 落ちかかりぬ とおぼゆるに ある限りさかしき人(覺めた人)なし
〔供人〕
我はいかなる罪を犯して かく悲しき目を見るらむ 父母にもあひ見ず かなしき(愛しい)妻子の顏をも見で 死ぬべきこと
と嘆く 君は御心を靜めて
何ばかりのあやまちにてか(どれほどの過ちを犯さうが) この渚に命をば極めむ(窮まって堪るか) と 強う思しなせど
いともの騷がしければ 色々の〔神の怒りを鎭める〕幣帛ささげさせたまひて
住吉の神 近き境(領域)を鎭め守りたまふ まことに〔本地に〕迹(存在の兆候)を垂れたまふ神ならば 助けたまへ
と 多くの大願を立てたまふ おのおの みづからの命をば さるものにて (さるものながら) かかる〔君の〕御身の またなき例に(異樣な事態で)沈み(死に)たまひぬべきことの いみじう悲しきに
心を起こして すこしものおぼゆる(正氣でゐる)限りは 身に代へて この御身一つを救ひたてまつらむ と とよみて諸聲に(大聲を一齋に出し)諸聲に 佛 神を 念じたてまつる
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こんな風にして この世は終ってしまふのだらうか と思ってゐると その翌日の明け方より ものすごい風が吹き 高潮が滿ちて來 波の音の荒いこと 巖も山も押し流されさうな勢ひ
雷鳴りと稻光は さらに凄まじく あぁ落ちて來た と思った途端 みんな氣がをかしくなった
供人など、「俺が何を惡さして こんな目に遭はされるんだらう 親にも逢へないまま かはいいカカァや子の顏も見ずに死ぬとは」などと嘆いてゐる
君は御心を靜め、たとひ何の過ちを犯さうが こんな渚で死んで堪るかと 強氣に思ふが
ともかくも大騷動であるから 色々な幣帛を捧げさせ、「住吉の神よ、この附近を鎭め守りたまふ、まことにその通りの神樣ならば、どうか助けたまへ」
と 作法通りに大願も立てられる
皆 自分の命もさるものながら かういふ大事の君の御身が 非常の事態で危なくなられたことが實に悲しく
氣を奮ひ起こし 多少でも正氣でゐる限りは その身に代へ 君御一人をお救ひしようと 一齋に大聲を出し 佛神に祈りを捧げた

