第十三卷 明石 七(飽かず悲しくて御供に參りなむ)
飽かず悲しくて 御供に參りなむ と泣き入りたまひて 見上げたまへれば
人もなく 月の顏のみきらきらとして 夢の心地もせず 御けはひ止まれる心地して 空の雲あはれにたなびけり
年ごろ 夢のうちにも見たてまつらで 戀しうおぼつかなき御さまを ほのかなれど さだかに見たてまつりつるのみ 面影におぼえたまひて
我がかく悲しびを極め 命盡きなむとしつるを 助けに翔(かけ)りたまへる と あはれに思すに
よくぞかかる騷ぎもありける と 名殘 頼もしう うれしうおぼえたまふこと 限りなし
胸つとふたがりて なかなかなる御心(みこころ)惑ひに うつつの悲しきこともうち忘れ 夢にも御應へ(おほむいらへ)を今すこし聞こえずなりぬること
といぶせさに またや見えたまふ と ことさらに寢入りたまへど さらに御目も合はで 曉方(あかつきがた)になりにけり
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〔君は 故院が そのまま行かれてしまふのが〕飽かず悲しくて 御供に參りなむ と泣き入りたまひて 見上げたまへれば
人もなく 月の顏のみ きらきらとして 夢の心地もせず 〔院の〕御けはひ 止まれる心地して 空の雲あはれに たなびけり
年ごろ(年來) 夢のうちにも〔お姿を〕見たてまつらで 戀しう おぼつかなき(氣掛かりであった)御さまを ほのかなれど さだかに見たてまつりつるのみ 面影におぼえたまひて(イメージとして殘り)
我がかく悲しびを極め 命盡きなむとしつるを 助けに翔り〔つけ〕たまへる と あはれに思すに よくぞかかる騷ぎもありける と
〔今の體驗の〕名殘 頼もしう うれしうおぼえたまふこと 限りなし
胸 つと ふたがりて(胸が一杯で) 〔懐かしさに〕なかなかなる御心惑ひに(却って取り亂し) うつつの悲しきこともうち忘れ 夢にも(あれ) 御應へを今すこし聞こえずなりぬること
といぶせさに(心殘りで) またや見えたまふ と ことさらに寢入りたまへど さらに御目も合はで 曉方になりにけり
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もう行かれてしまふのかと 寂しくて 「御供に參りませう」と泣きついて 見上げると
誰もゐない ただ月の顏のみ きらきらとしてゐる しかし ただの夢とも思へず まだ 院の御氣配が 漂ふやうに 空の雲があはれにたなびいてゐた
このところ夢の中にもお姿を見ず 戀しく 寂しく思ってゐた御姿を はっきりと見たことだけは 確かなことだった
自分がこのやうに悲嘆のどん底に落ち 命脈も盡きようとするのを 助けに駈けつけて下さった と 有難く思へば あれほどの騷ぎも良かったとさへ思へる
それほど 頼もしく この上もなく嬉しかったのに 胸が詰まり 取り亂してしまったために 現實の悲嘆も忘れて たとひ夢にもあれ もう少しご返事も出來なかったものかと
それが心殘りで またお逢ひ出來るだらうと 強ひて寢ようとはするが まるで眠れずに 明け方になってしまった

