第十三卷 明石 八(渚に小さやかなる舟寄せて人二三人ばかり)
渚に小(ちひ)さやかなる舟寄せて 人 二三人(にさむにん)ばかり この旅の御宿り(おほむやどり)をさして參る 何人(なにびと)ならむと問へば
明石の浦より 前(さき)の守(かみ)新發意(しぼち)の 御舟 装ひて參れるなり 源少納言(げんせうなごん) さぶらひたまはば 對面(たいめ)して ことの心とり申さむ
と言ふ 良清 おどろきて
入道は かの國の得意にて 年ごろあひ語らひはべりつれど 私(わたくし)に いささか あひ恨むることはべりて ことなる消息をだに通はさで 久しうなりはべりぬるを 波の紛れに いかなることかあらむ
と おぼめく 君の 御夢(おほんゆめ)なども思し合はすることもありて はや逢へ とのたまへば 舟に行きて逢ひたり
さばかり激しかりつる波風に いつの間にか舟出しつらむ と 心得がたく思へり
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渚に小さやかなる舟寄せて 人の二三人ばかり この〔君の〕旅の御宿りをさして參る 何人(誰)ならむと問へば
明石の浦より 前の守(元國司) 新發意(新たに發意して入道した者)の 御舟 装ひて(仕立てて) 參れるなり
源少納言(源良清) さぶらひたまはば 對面して ことの心とり申さむ(御高配を戴かう) 〔須磨の巻で、良清は入道の娘に懸想し、完全無視されてゐる。ただ、父親の入道からは話があると申し込まれた〕
と言ふ 良清 おどろきて
入道は かの國の得意(お得意樣)にて 年ごろ(年來)あひ語らひはべりつれど 私に(プライベートの關係で) いささか 〔互ひに〕あひ恨むることはべりて
ことなる消息をだに通はさで(とくに文さへ交はすこともなく) 久しうなりはべりぬるを 波の紛れに〔やって來るとは〕 いかなることかあらむ(何の料簡でせう)
と おぼめく(空っとぼける) 君の(君は) 御夢なども思し合はすることもありて はや逢へ とのたまへば
〔良清は〕舟に行きて逢ひたり
さばかり(あれほど)激しかりつる波風に 〔入道は〕いつの間にか舟出しつらむ 〔こいつは化け物か〕
と 心得がたく思へり
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「君の 御夢(おほんゆめ)なども思し合はすることもありて」
君の夢に故院が現れ、「など かくあやしき所にものするぞ とて 御手(みて)を取りて引き立てたまふ 住吉の神の導きたまふままに はや舟出して この浦を去りね」と云はれた(明石 六)。
海から現れた怪しげな入道一行が、その住吉の神の導きによるものではないかと思はれるのである。
この邊り、普通の都會生活を送ってゐる感覺からすると、やや馬鹿らしいやうな氣もするが、
1)實際に仕事を失ひ、
2)先行きの確かな希望もなく、
3)馴れた土地を離れ、
4)人も住んでゐないやうな隔絶した土地に住まひ、
5)知りたい情報が遮斷され、
6)非常に單調な環境下にゐ
ると、普通の生活感覺が後退し、普通の人にも、いはゆる幻聽や幻視、神祕體驗といったものが珍しくなくなって來る。宇宙飛行士にUFOの目撃者が多いのは3)4)の理由に據るのだらうし、しかし露西亜の飛行士に少ないのは、宇宙船の修理に忙しかったからだらう。
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渚に禿びた舟を漕ぎ寄せ 二三人ばかりが 君の旅の御宿りの方へやって來る 誰だらうと訊くと
明石の浦より 元國司にして 新發意の者 御舟を仕立てて 參上仕った
源少納言殿 侍ひ給はば 對面して 御高配を給りたし
と言ふ まさか向かうから來るとは思はなかった 良清 慌てて
あの入道め 確かに この國で懇意にしてをり 何年の付き合ひもございましたが ちょっとプライベートの方面で 恨みを遺すやうなことがございまして
それきりプッツンと消息も斷ち 隨分と久し振りになってをります それが今更 波間の海坊主よろしく流れ着くとは いったい何を考へてをるのでございませうか
など 空っとぼける
しかし君も 故院の夢のお告げのこともあり さっさと逢って見よ と仰る
かうなりゃ仕方ないと 船まで行って見るが それにしても あの浪風 よくも舟なんか出せたものだ 或は本物の海坊主なのかなと 實に不思議だった

