2009年11月07日

第十三卷 明石 十(君思しまはすに夢うつつ)

   第十三卷 明石 十(君思しまはすに夢うつつ)

 君 思しまはすに 夢 うつつ さまざま靜かならず さとしのやうなることどもを 來し方 行く末 思し合はせて

 世の人の 聞き傳へむ後のそしりも やすからざるべきを憚りて まことの神の助けにもあらむを 背くものならば またこれよりまさりて 人笑はれなる目をや見む

 うつつざまの 人の心だに なほ苦し はかなきことをも つつみて 我より齡(よはひ)まさり もしは位高く 時世の寄せ 今一際(いまひときは)まさる人には なびき從ひて その心むけを たどるべきものなりけり

 退きて咎なしとこそ 昔 さかしき人も言ひ置きけれ

 げに かく命を極め 世にまたなき目の限りを見盡くしつ さらに後(のち)のあとの名をはぶくとても たけきこともあらじ

 夢の中にも 父帝(ちちみかど)の御教へ(おほむをしへ)ありつれば また何ごとか疑はむ

 と思して 御返り(おほむかへり)のたまふ

 知らぬ世界に めづらしき愁への限り見つれど 都の方よりとて 言問ひおこする人もなし

 ただ行方なき空の月 日の光ばかりを 故郷(ふるさと)の友と眺めはべるに うれしき釣舟をなむ

 かの浦に 靜やかに隱ろふべき隈 はべりなむや

 とのたまふ

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 君 〔色々と〕思しまはすに 〔故院の〕夢 〔突然の大嵐などの〕うつつ さまざま靜かならず さとしのやうなることどもを 來し方 行く末 思し合はせて

 世の人の 〔怪しき入道如きの戯言を信じたと〕聞き傳へむ後のそしりも やすからざるべきを憚りて まことの神の助けにもあらむ(あるかも知れないの)を 背くものならば またこれよりまさりて 人笑はれなる目をや見む

 うつつざまの人の心だに(世間の人の心でも) 〔背けば〕なほ苦し(やはり辛いことになる) はかなきことをも(怯懦な心は)つつみて(押し包んで)

 我より齡まさり もし〔く〕は位高く 時世の寄せ(世の信望) 今一際まさる人には なびき從ひて その心むけを たどる(推し測る)べきものなりけり

 〔私心を捨て 一歩〕退きて〔こそ〕咎なし とこそ 昔 さかしき人も言ひ置きけれ

 げに かく命を極め(危ふくし) 世にまたなき目(經驗)の限りを見盡くしつ さらに後のあとの名(これから先の悪名)をはぶく(無い様にする)とても たけきこと(大したこと)もあらじ

 夢の中にも 父帝の御教へありつれば また何ごとか疑はむ(これ以上 何を疑ふべきだらう)

 と思して 御返りのたまふ

〔こちらの〕知らぬ世界に めづらしき愁への限り見つれど 都の方よりとて 言問ひおこす(寄越す)る人もなし

 ただ行方なき空の月 日の光ばかりを 故郷の友と眺めはべるに

 うれしき釣舟 をなむ〔よく お寄越し下さった〕 

〔後撰、紀貫之「波にのみ ぬれつるものを 吹く風の たよりうれしき 海人のつり船」〕

 かの(そちらの)浦に〔は〕 〔我が〕靜やかに隱ろふべき隈 はべりなむや

 とのたまふ

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 君 思ん見るに あの夢といひ このうつつといひ どうも穩やかではない 何かの警告があったやうに思へるし 何か起きさうに思はれてならない

 ここで氣狂ひ入道のタハゴトを信じたと 噂でも立てば それこそいい物笑ひの種だらうが それを懼れ まことの神の助けかも知れないのに 手を拱いてゐようものなら さらにひどいことになり 物笑ひの大種になってしまふ

 世間の人の心でも 背けばやはり辛いことになる ここはやはり慎重に

 自分より年のまさり 或はステータスが高くて 世の信望も今一層厚き人には 素直に從ひ その御意向を 推し測るべきものである

 私心を捨て 一歩退きてこそ 他人から責められる咎もないと 昔の賢人も言ってゐるだらう

 かうして本當に命からがら 無類のあらゆる經驗をし盡くした これから先 何が起こらうと 今以上に面目を失ふこともあるまい

 夢の中に亡き父の教へもあったことだし もはや何を迷ふことがあらうか

 と思はれ 御返事をなさる

 この見知らぬ土地で 馴れぬ心配事の限りを盡くしましたが 都の方からは誰一人見舞ひを寄越す者もゐない

 ただどうなるか分らない不安な月日だけを故郷の友と思ひ 眺めてをりましたところ かうして嬉しい釣舟を寄越して下さった そちらの浦には 私が靜かに過ごせさうな隈は あるのでせうか

 とお尋ねになった


posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする