2009年11月09日

第十三卷 明石 十二(舟より御車にたてまつり移るほど)

   第十三卷 明石 十二(舟より御車にたてまつり移るほど)

 舟より御車(おほむくるま)にたてまつり移るほど 日やうやうさし上がりて ほのかに見たてまつるより

 老(おい)忘れ 齡延ぶる心地して 笑みさかえて まづ住吉の神を かつがつ拜みたてまつる

 月日の光を手に得たてまつりたる心地して いとなみ仕(つか)うまつること ことわりなり

 所のさまをば さらにも言はず 作りなしたる心ばへ 木立 立石(たていし) 前栽(せんざい)などのありさま えも言はぬ入江の水など

 繪に描かば 心のいたり少なからむ繪師は描(か)き及ぶまじと見ゆ

 月ごろの御住まひよりは こよなくあきらかに なつかしき御しつらひなど えならずして住まひけるさまなど げにキのやむごとなき所々に異ならず 艶(えん)にまばゆきさまは まさりざまにぞ見ゆる

 すこし御心(みこころ)靜まりては 京の御文(おほむふみ)ども聞こえたまふ

 參れりし使(つかひ)は 今は いみじき道に出で立ちて悲しき目を見る と泣き沈みて あの須磨に留まりたるを召して

 身にあまれる物ども多くたまひて遣はす むつましき御祈りの師ども さるべき所々には このほどの御ありさま 詳しく言ひつかはすべし

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 舟より御車にたてまつり移るほど 日やうやうさし上がりて 〔入道は君を〕ほのかに見たてまつるより* 老忘れ 齡延ぶる心地して 笑みさかえて(榮えて)

 まづ住吉の神を かつがつ(取り敢へずも) 拜みたてまつる 月日の光*を手に得たてまつりたる心地して 〔君に〕いとなみ(せっせと)仕うまつること ことわりなり(無理も無い)

〔明石の〕所のさまをば さらにも言はず(言ふに及ばず) 作りなしたる心ばへ(趣向) 木立 立石(石組) 前栽(植ゑ込み)などのありさま えも言はぬ入江の水など

 繪に描かば 心のいたり少なからむ繪師は描き及ぶまじと見ゆ

 月ごろの〔須磨の〕御住まひよりは こよなくあきらかに(開放的で) なつかしき(人心地のする)御しつらひなど えならずして(言ひやうもなく)住まひけるさまなど げにキのやむごとなき所々に異ならず

 艶にまばゆきさまは 〔むしろ〕まさりざま(勝ってゐるやう)にぞ見ゆる

 すこし御心靜まりては 京の御文ども 聞こえ(書き)たまふ 〔あの二條院から〕參れりし使は いみじき道〔中〕に出で立ちて 悲しき目を見る と泣き沈みて あの須磨に留まりたる*を

 〔こちらに〕召して 身にあまれる物ども多くたまひて 今は(この度は)〔キに返し〕遣はす むつましき御祈りの師ども〔や〕 さるべき所々には このほど(最近)の御ありさま 詳しく言ひつかはすべし(詳しく知らせ遣はしたことだらう)

*「月日の光」

 入道がこれに關する夢を見たことが、後の若菜巻上に書かれてゐる。現代小説なら極めて不親切で不適當な表現といふことになるだらうが、月日の光とは何だらう、といふやうな讀み方もまた、想像力を掻き立てる。

*「あの須磨に留まりたる」

 君は、明石へ渡る船が小さかったので、親しいお供の者だけを連れて乗船してゐる。使者は取り殘されたのであらうが、明石に落ち着いた君は早速に召し寄せた。

*「舟より御車(おほむくるま)にたてまつり移るほど 日やうやうさし上がりて ほのかに見たてまつるより」

 これより前の記述では、須磨の浦まで迎へに行った二三人の中に入道がゐたやうに讀める。すると、須磨の浦を出たのが曉頃だったにせよ、狭い船内に一緒にゐながら(?)、明石の浦に着いて初めて君を「ほのかに見たてまつる」のは奇妙な感じもする。

 入道は源氏の君が眩し過ぎ、恐れ畏んで直視出來なかったのが、明石の浦に着き、やうやく仄見ることが出來たのであらうか。入道の性格からすると、さういふことも有り得るだらう。

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 舟から御車に乘り移られる頃 日がだんだん差し上って 君のお姿が仄かに見えたから 入道は老いも忘れ 齡も延びるやうな心地がし 笑ひが止らず

 まづは住吉の神に 取り敢へずも海路の無事を感謝し 拜み奉った

 これで月日の光も手に入れたやうな氣になり せっせと君をお世話申し上げてゐる 積年の大望に近づいたのだから これも致し方あるまい

 明石の土地柄は 申すにも及ばず 造作の趣向といひ 木立や立石(石組) 前栽の植ゑ込み えも言はれぬ入江の水など

 繪に描けば 未熟な繪師には到底描き切ることは出來まいと見える

 今までの須磨の御住まひよりは 比較にもならず明るく開放的で 氣持のよい部屋の設へなど 何とも見事に住まってゐる樣子など まことキの貴族たちの邸宅にも劣らない

 むしろ目映いほどの艷やかさは勝ってゐるやうにさへ見える

 すこし落ち着かれてから 京への文など お書きになる

 例の二條院から來た使者は 途んでもない道中に出て ひどい目に遭ったものだと 泣きながらへたり込んでゐるのを 須磨に置いてきたのだが

 今はそれを呼び寄せ 身に餘るほどの物をうんと與へ またキに遣った

 親しい祈祷師や 然るべき所も 近況など 詳しく言ひ遣はした筈だ


posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする