2009年11月12日

第十三卷 明石 十五(年ごろ公私御暇なくて)

   第十三卷 明石 十五(年ごろ公私御暇なくて)

 年ごろ 公私(おほやけわたくし) 御暇(おほむいとま)なくて さしも聞き置きたまはぬ世の古事どもくづし出でて

 かかる所をも人をも 見ざらましかば さうざうしくや とまで 興ありと思すことも交る

 かうは馴れきこゆれど いと氣高う 心恥づかしき御ありさまに さこそ言ひしか つつましうなりて わが思ふことは 心のままにもえうち出できこえぬを 心もとなう 口惜し と 母君と言ひ合はせて嘆く

 正身(さうじみ)は おしなべての人だに めやすきは見えぬ世界に 世には かかる人もおはしけり と見たてまつりしにつけて 身のほど知られて いと遥かにぞ 思ひきこえける

 親たちの かく思ひあつかふを聞くにも 似げなきことかな と思ふに ただなるよりは ものあはれなり

 四月(しぐゎち)になりぬ 更衣(ころもがへ)の御装束(おほむしゃうぞく) 御帳(みちゃう)の帷子(かたびら)など よしあるさまにし出でつつ よろづに仕うまつりいとなむを

 いとほしう すずろなり と思せど 人ざまの あくまで思ひ上がりたるさまの あてなるに 思しゆるして見たまふ

 京よりも うちしきりたる御とぶらひども たゆみなく多かり

 のどやかなる夕月夜(ゆふづくよ)に 海の上曇りなく見えわたれるも 住み馴れたまひし古里(ふるさと)の池水 思ひまがへられたまふに

 言はむかたなく戀しきこと いづかたとなく ゆくへなき心地したまひて ただ目の前に見やらるるは 淡路島なりけり

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 年ごろ 公私 御暇なくて さしも(さほど)〔子細に〕聞き置きたまはぬ世の古事ども くづし(ぼつぼつと)〔語り〕出でて

 かかる所をも 人をも 見ざらましかば さうざうしくや(もの寂しかったのではないか) とまで 興ありと思すことも〔ときには〕交る

〔入道は〕かうは〔君に〕馴れきこゆれど 〔君の〕いと氣高う 心恥づかしき(目映い)御ありさまに

 さこそ言ひしか(さんざん威勢のよいことを云ってゐたのに) つつましうなりて(氣が退けて來て) わが思ふことは 心のままにも えうち出できこえぬを 心もとなう 口惜し と 母君(入道の妻、明石の尼君)と言ひ合はせて嘆く

 正身(姫本人)は おしなべての人だに(竝の男にさへ) めやすきは見えぬ世界に(さうさうのが見當たらないのに) 世には かかる人もおはしけり と見たてまつりしにつけて 〔我が〕身のほど知られて いと遥かに〔手の届かぬ御人だと〕ぞ 思ひきこえける

 親たちの 〔姫を源氏にと〕かく思ひあつかふを聞くにも 似げなき(とんでもない)ことかな と思ふに 〔なまじ〕ただなるよりは(何もなかったのより) ものあはれなり

 四月になりぬ 〔入道は〕衣更への御装束 御帳の帷子(垂れ衣)など よしあるさまにし出でつつ(調じ誂へつつ) よろづに仕うまつりいとなむを

〔君は〕いとほしう(氣の毒で) すずろなり(無用のことなのに) と思せど 〔入道の〕人ざまの あくまで思ひ上がり(氣位高くし)たるさまの あてなるに 思しゆるして見たまふ

 京(紫)よりも うちしきりたる御とぶらひども たゆみなく多かり

 のどやかなる夕月夜に 海の上 曇りなく見えわたれるも 住み馴れたまひし故郷の池水 思ひまがへ(見紛ひ)られたまふに

 言はむかたなく戀しきこと いづかたとなく ゆくへなき心地したまひて ただ目の前に見やらるるは 淡路島なりけり

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 もう何年も公私に渡り暇がなく さしも聞き漏らした世の出來事どもを 入道 片端から語り出して

 君も こんな所で かういふ人物に出合はなかったら さも惜しいことだったとまで 面白く思はれることもあった

 かうして入道は君に御近づき申し上げるが やはり君の氣高く 目映いやうな御ありさまに氣壓され

 あれほど威勢のよかったのが 氣も退けてしまひ 思ふことも儘には申し上げられない まことに歯痒くて殘念だと 母君と二人で愚癡ってゐる

 當の姫本人は 竝の男でさへ ちゃんとしたのがゐないのに 生きてをれば かういふ人もいらしったのだはと 思ふにつけても 我が身のほどが知られ 遥か遠い所におはす御方だと 諦める他もない

 親の意向を聞いても とんでもないことだと思ひ なまじひ知った爲に いっそうみじめな氣分になる

 四月になった 入道は相變はらず 衣更への御装束やら 御帳の垂れ幕など 上品に調じ誂へつつ 何かと甲斐甲斐しくお世話なさるが

 君は氣の毒でもあり 無用のこととも思ふが その人となり あくまで氣高き志を捨てぬ姿を 敢へて憎む氣にもなれない

 京(紫)よりも 始終の御見舞ひ 滞りもない

 のどかな夕月夜 海の上が曇りなく見渡せる 住み馴れた故郷の家の池水とも見紛ふやうである

 何とも言はれずに戀しくなり ぼぉっと氣の遠くなるやうな氣持になられる 目の前に見えるのは ただ淡路島だけであった



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする